何を「指摘」?

気になる、というか嫌いな言葉の一つに、「指摘」があります。いや、言葉自体に責任はないんですが、使う人が余りに無神経なので。
筆者の感じからすると、指摘ー指し示すことーというのは、人が気がつかないことを気づかせる、というニュアンスがあるように(勝手かもしれませんが)思います。でも、マスコミなんかでの使い方って、単に「主張」の言いかえとしてとしか思えないような例が散見されますね。「○○氏は、××であると指摘した」というやつですね。いや、時々は「あ、なるほど」というような意見もあります。しかし、屁理屈にしか聞こえないものを「指摘」されると、非常に居心地が悪い。というか、書き手はこういう言葉の使い方で何を言いたいのかまるで判りませんね。一種の思考停止と思います。

まあ、マスコミってやつ、いまさらあげつらうのも気が引けますが、本当にワンパターンな言葉遣いをしますね。もう一つの例が、自動車関係でよく使われる「快走」というもの。だれかが、しゃれていると使い始めたんでしょうが、本当に手垢がついている。読者のレベルを低く見ているようにも思ってしまいます。

瑣末な議論と思う無かれ。世の中に、思考停止のわなは沢山あります。停止させるのもそれを防ぐのも、言葉に対する感性言葉に対する感性を磨けるかどうかにかかっています。気持ち悪さを感じ続けられるよう、センシティブでありたいものです。